HISTORY


2001年
12月23日
まーちゃんにナンバープレートの数字を相談する
2002年
1月 7日
カスタムガレージ ノリタカさんに買い換えの相談に行く
8月18日
まーちゃんにボディの色を相談する
12月 3日
クルマを仕事中に発見
2003年
1月11日
クルマの詳しい説明を聞きに行く
1月12日
購入の意志を表明、試乗をした後で書類に判を押す
3月18日
納車と同時に71Vを引き渡し
3月22日
カスタムガレージ ノリタカさんへ入庫
8月17日
太田さん&清水さんに、まーちゃんのライブを観てもらう
2004年
6月20日
車両を確認する 同日まーちゃんに写真を渡す
7月 8日
納車前にして「サイコロトーク56」で話しが出る
7月10日
完成、納車引渡し
2005年
2月 5日
「Strawberry Selection Tour 2005」でドラムの小島徹也さんからライブ中に話が出る


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完成しました!
やーっと完成です、このページでは完成までの流れをちゃちゃっと書きますね♪

ここまで来るのには本当に紆余曲折ありました
判を押したのが1月12日なのに納車が3月18日っておかしいと思いませんか?
クルマを買うのに借金をしたのですが、なかなかお金を振り込んでくれないんです
金融会社の担当者が新人の女の子らしくて物凄く段取りが悪い!
書類を書いて提出する度に、アレが足りないだとかコノ書類も書いて下さいとか、まとめて言えよ!

やっと入金が済んで、いざ3月15日に納車って事になったらまたトラブル発生!
任意保険の代金を払おうと現金を引き出しに行ったらキャッシュカードが割れてて使えない!お金が払えず納車が延期です
担当営業の古沢さんに思わずこんな事を言ってしまいました
「きっと71がジャマしてるんですよ、あのクルマは意識があって昔から売ろうと思うと故障したりしたんです」
「諦めてまだ乗ろうかと思うと故障も直るんです。きっと俺に売るなって言ってるんですよ、だからこんなに納車が延びてるんですよ」

すると
「いやいや新井さん、そんなに悪く考えちゃダメですよ、そう思えるのも新井さんがあのクルマを本当に大事にしてたって証拠ですよ」
「それに時間は掛かっても着実に納車には近づいてるじゃないですか。今日は納車って事で写真でも撮りましょう」
せめて写真だけはと、記念写真を撮らせてもらいました
いよいよ本当に間違いなく3月18日に納車及び引渡しとなりました
しかし、この日が澄みきった青空とかではなく、バケツをひっくり返したような大雨でした
俺は71Vの涙、せめてもの抵抗と思ったね・・・
きっと今は何処かの街で走り続けている事でしょう、ありがとう71V!

かなり前から
今度はノリタカさんに入庫ですが、予約は前々から入れていたし、大きな仕事も入ってないとの事で週末の入庫でOKになりました
22日の土曜日に入庫ですが、その為には21日の金曜日には出発しなくてはいけません
実は21日はビックサイトでまーちゃんが出演するイベント「東京アニメフェスタ2003」ってイベントがあるのです
とりあえず前日入りして会場には到着するが、どこに並ぶのかがまるで解らない
路頭に迷う人々があちこちに見られる始末「こりゃイカン!」と、とりあえずデルに電話してデル邸に泊めてもらう事にしました
夜が明けて、すっかりイベントへの踏ん切りがついたのでそのまま家に帰っちゃいました

実は当時まーちゃんが放送していた「Lucky★dip」で「TAF2003の参加方法を教えて」なんてメールが読まれてしまったのだ!
これではまーちゃんに参加予告をしてるのも一緒、しかし悩みに悩んだが長距離を走るのに何の準備も無しで走るのは怖いし
清水さんに対しての資料等の準備も途中のままなので、まーちゃんに逢えない辛さより、その後の喜びを選びました
3月22日の大阪市内はもうすぐ4月で春の足音も聞こえて良い季節なのに、冷たい雨が降っています
やっとお店に到着、清水さんがちょうど目の前にいるが反対側を見ていて気が付いていません
さすがにガソリン車は静かですね〜真後ろにいるにもかかわらず気が付いていません
久し振りの再開と、やっと「もう一度クルマを作るから」の約束通りに仕事が依頼でき、入庫まで辿り着いた喜びを3人で分かち合いました

古くは99年にノリタカさんの仲介で一度は買い換えの話しがあってクルマも見に来てたりしてたのですが
71Vに対しての愛着のが勝り、買い換えを断念した事がありました
2002年の1月7日ってのは前日がまーちゃんの大阪ライブで、その帰りにノリタカさんに寄って買い換えの相談とかしました
新車ベースでいかに安く済ますか考えたり中古の良い出物を探すとか、本当に色々してもらいました
それから1年以上ですから有言不実行と思われたくなかったので、マメに連絡はしてたし動いてもいました
それがやっと実現したんです!嬉しかった〜
積もる話しも沢山あってなかなか本題には入らない、いや入りづらいんだよね
ココまで来てと思うかもしれませんが、またココで大きな借金を一つする訳です、心の準備は出来ててもかなり勇気がいります

清水さんには伝えるべき事はちゃんと伝えなくてはいけません!
それぞれ描く部分に対して資料は正・副・予備の3パターンは用意します
清水さん的に「これはちょっと厳しいですね」って事にならないとも限らないからだ
「どうしても」と言えばやってくれるが、そうゆうもんでもないだろうしね
資料としては「ある程度の大きさが必要」「細部までハッキリと確認できる物」等、いくつかの条件があります
小さいものに描くのにはソコソコの資料で構わないのでしょうが、クルマに描くとなったらそれなりの資料が必要になってきます
過去の経験では資料に困らなかったのですが、今回は困ったね
上記に当てはまる資料がまーちゃんに関しては無い!
やはりなんでも良いって訳では無く、描いてもらいたいものではなくてはいけません
まーちゃんに対して好きな写真の好みがファンそれぞれで違いますよね、俺の好きなまーちゃんってのが少ないんですよね

とりあえずリヤゲートは03年バースデーライブのツアーパンフで決定です
サイドには02年夏ツアーのパンフで決定、コレは03年バースデーライブのツアーパンフが出て来るまではリヤゲート候補でした
ワイパーガードはStrawberry Candleのロゴで決まってます
さてココからが問題です!他が決まってません
少ない資料を見ながら清水さんとの相談で残りは決めました(詳しくはそれぞれのページで解説します)
中には「コレはどうですか?」の提示に「新井さん本当にこの写真好きですか?」
「・・・いや、そんなには」流石だね、清水さんは俺の好みを理解してらっしゃる
とにかく冷たい雨が降る中で(別にビショビショに濡れてた訳ではない)長時間掛けて決めました
その後に細かい変更や追加などはありましたけどね

8月17日のまーちゃん大阪ライブにはお2人にもライブを観て頂きました
通常ならクルマが完成してからなのですが、今回はブラシの作業前に観て頂く事が出来ました
コレは非常にラッキーな事ですよ、参考資料としてCDやDVDも置いていきますが、ライブで感じられる生の迫力には敵わないですよね
ライブを観てもらうって事は生のまーちゃんパワーが感じてもらえるし、表情なんかも見られるので作品にはきっと良い影響があるはずです!

まずは
やはりまーちゃんを触れない訳にはいかないでしょう!
えーとですね、クルマを探し始めた当初からまーちゃんに決まっていた訳ではありませんでした
候補にはあったけど、あくまでも多くの候補の中の1人でした

ナンバーの数字をまーちゃんに聞いた時はまだ確定ではなかったですね
気持ちが傾き出したのはアルバム「虹の咲く場所」を聞いてからかな、しかも「とびたつ季節」です
特に「とびたつ季節」は俺の中ではBest of まゆソン!
そりゃ「DESTINY」には敵わないだろうけどさ、「とびたつ季節」は俺の背中をポンと押してくれた曲、多くの意味で助けてくれた曲です
だからライブツアーの最中はまだまだ候補の1つ、でもツアーパンフを見て「これだ!」とは思いましたね

では、どうしてまーちゃんになったのか!
02年の夏は毎週末まーちゃんと逢っていたので自然と存在が大きくなってきてたしね〜
そのせいか、まーちゃんとの最終選考に残った某所のライブを観に行ったけど何も感じられなかった、これが決定打でした
大きな会場の最前列だったけどダメだったです、当たり前の事だけど俺の声は届かなかった・・・
って事はだよ俺の想いも届かないだろうし、ココでやるべき事、目標にすべき事が見当たらない、またライブを観たいと思えなかったんです
ライブ中は心ここにあらずでした
もう既に頭の中はまーちゃんでイッパイだったんだろうね、その時には既に腹は決まってたって事だ!

男ならビッシビッシやらなくっちゃ!
当然ボデーの色を聞いた時には決まってたな
「やってやるぞ〜」って感じで話しをしてたんだろうね(笑)
まーちゃんに誓ったのも確かこの頃です(内容は秘密ね♪)
まーちゃんは覚えてないだろうけどさ、俺はまーちゃんの真っ直ぐコチラを見つめる瞳は忘れられないね
ほら、まーちゃんって小柄だから下から見上げる感じで見つめるんだよね、その表情は何回見ても胸がキュッとなります(俺ってカワイイな)
今更ですが、なんでこんなに好きになっちゃったのかな?
ココを見ている皆さんは私の今までの経歴を既に御存知のはずですよね
当時は何とも思わなかった、雑誌で見かけても「まーちゃんだな」とは思ったけど特に手を止める事も無かった
特に容姿は好みでもなかったし・・・
それが好きになっちゃうと変わるんだね、好きになった理由も容姿ってよりはライブからだったのにね
でも今は好きなんだからしゃーねーな!

実は・・・
ベース車両もノリタカさんに探してもらっていました
その中には雑誌にも載った有名車の話しとかもありました
しかし、どれもディーゼル車ばかりだったのです
国の法律だけならどうにかかなったのですが、県条例のが厳しくて
「満7年を経過したディ−ゼル車は走っちゃダメ」って事なので購入を断念しました
確か満7年位の年式だったんですよね、県条例にもうちょい気が付くのが遅かったら買ってたかも・・・
「じゃあ今週末に見に行きますよ」とか言ってたし(笑)

購入を本格的に考え、行動に出たのは意外と早くて2001年の夏には知り合いの中古車屋に話しはしてありました
ガソリン車にチェンジしたのが2002年の夏、しかしオークションでしか探せないのでガソリン車はなかなか発見出来ませんでした
この頃から徐々にディーゼル車の値段は下がり、ガソリン車の値段が高騰です
ただでさえ玉数の少ないガソリン車の発見は困難を極めました
だからクルマを偶然にも発見した時には嬉しかったですね〜、仕事中だったので夜になってから再度現車を確認に行きました
だって、ディーゼルは不可だし4WDだって必要無しだからね
毎日「売れてたらどうしよう」と心配の日々でした

では、何故ベースがこのクルマになったか説明しよう!
ここに辿り着くまで大変だったんですよ、バニング=スーパーロングの8ナンバーってのがあったからね
やっぱりハイルーフでルーフスポイラーとかバニング乗りなら譲れないでしょ
でもね、スーパーロングって基本的にディーゼル車でしょ、そこで問題になってくるのが県条例です
平成8年以前のディーゼル車はアウトなのよ、(この当時ね)かと言って新車は買えないし、もう売ってないし(笑)
県条例はディーゼルの貨物車はアウトですが、ワゴンならセーフです
しかし、国の法律でいづれ乗れなくなります

それとバンではなくワゴンになった理由がもう1つ!
平成8年8月から後期モデルになりましたが同時に積載量が1.25トンになりハブボルトが6本になったのです!
いわゆる6穴、4WDと一緒、つまり71Vのホイールが履けなくなってしまうのです!そんなの勿体無いよね
更にもう1つ言えば内装だよね、現在ではロ−ルーフでキャンピングの8ナンバー取得が無理になりましたよね
構想当時はまだ可能でしたが、やはり「とりあえず8ナンバー」よりは、ちゃんと作りたいじゃない
乗っていて内装が鉄板むき出しのバンだと飽きちゃうしね
かと言って内装をしっかり作るとそれなりに軽くかかるじゃない
でもね、そんな余裕はないの!だってエアーブラシでいくらかかるか不明なんだもの・・・
それだったら少しでも余裕を持たせたいでしょ、エアブラシにだったらお金は惜しまないよ
ワゴンだったらしかっり作ってあるし、装備も充実、しかも今回は幸運にもLTDをGET!文句無し!
その他にも保険や税金などの面から見ても驚く程のメリットがないのです
てな訳でスーパーロングや8ナンバーに捕われている理由がなくなり、現在のクルマになりました
いや〜ラッキーでしたよ、価格も装備も探していたモノと一致です
私が契約した後にも何人か見に来たらしいが、値段が合わなかったそうです
正直価格は高いね、街の中古屋で買うよりははるかに高いです
しかし、メーカー物の中古車ですから若干高くても仕方ないです、そうゆうもんです
物はしっかりした物だろうし(メーカーでは変な物は売りません)
保証は1年付いてるし(俺は延長保証で2年です♪しかし、改装で1年以上走ってません・・・)
とにかく最高です!

意外とね
完成までには時間が掛かってますね〜、今だから笑える話しだけど本当に大変だったんですよ
まずエアロパーツが揃うまでに3ヶ月以上掛かってます
どうも現在ではハイエースのエアロってのは売れ行きが好調ではないらしくて、作り置きがしてないそうなのです
ですから注文を受けてから1個づつ作るみたいなんですよね、だから時間が掛かるらしいです
まだそれだけならカワイイもんです!
下廻りのエアロはオートショップアズマ製なんですが、これが酷い!
実際に作業途中を見せてもらったのですが、まず作りが悪い
これじゃあ時間もかっかるよ

ワイパーガードも問題有り、71Vと同じオオフチ製にしようとしたんですけど、なんとオオフチと連絡が取れない!
雑誌に掲載されている電話番号は「現在使われておりません」そこで調べまくってもう1つ発見!しかしそれも一緒だよ
数年前に改築したのはいいが、どうしちゃったんだろうね
展示してあるクルマがバニングの数より普通乗用車の数が多くなった時点でオカシイとは思ったんだよね
ここの店は近所なので見に行ったら看板は1つを残し、全て撤収
裏の工場はやってるんだかどうだか、WキャブのD21が飾ってあったガラス張りの店内はラジコンのサーキットに変身です
なんだろうね、やっちゃ〜いないけど、やめちゃ〜いないって感じかな
だから急遽ナッツ製に変更しました
コレにした理由はシャアザクを意識したマルチブレードアンテナに合わせて、ガンダムっぽいデザインでしょ
だから「MSっぽくってイイな〜」と、前々から思ってたのでこれを機会に装備しました

マルチブレードアンテナ(隊長機のツノ飾り)も太田さんと相談して決めました
「どうせなら一目見てシャアザクだって分かるのがいいよね」って事でコレになりました
実はね、デザインは2種類あるんですよ、TV版MSV以降に描かれるようになったスタビライザー風のリアルなタイプが存在するんです
どうせならリアルタイプのがカッコイイんだろうけど、一目でシャザクだ!ってのが魅力的だよね
時間がかかったのはエアロが遅かったのもあるけど、太田さんが突然骨折したり靭帯損傷したりで作業はストップしたり
エアロパーツの歪やら気泡やらで大変だったそうです
太田さんだけならまだしも清水さんまで体調を崩してブラシの作業がストップしたり、作業速度が遅くなったりetc
普通はクルマを完成させてから持ち込むのですが、今回はイチからの製作をお願いしました
だって信頼できるショップがノリタカさん以外にないんだよ
私も長い事バニング業界で生きてきてるからショップも何軒かお世話になりましたが、何処もダメだね
当たり前の事が全然出来ないんだよ、呆れちゃう
パテの削りカスなんか車内に積もったまま、掃除もしやしねー
納車の前には外した部品が作動するか確認しろよ、グリル周りを外したらウインカーがハイフラだよ
その他色々
太田さんは基本的になんでも出来ます、ただブラシの作業に支障が出る為、他の作業は控えています
今回はそこをお願いして製作してもらいました感謝!感謝!

誰にも!
エアーブラシが時間かかるのは仕方ないです
清水さんには自分のペースで作業を進めてもらって結構です
だって清水さんの周りだけ空気や時間の流れが他の人より遅く、ゆっくりと流れてるんですよ
そんな人なのです、だから無理なんです!
清水さんとの出逢いは古く、私がまだ学生の頃でした(俺はまだ若いよ!)
高校卒業を間近に控えてた頃に買ったクルマ雑誌に、当時清水さんが勤めていたショップが紹介されていたのが最初でした
そこに掲載されていた清水さんの作品を見て一目惚れしました
当時も少数ですがエアーブラシのペインターはいました、巨匠もいましたが、人物画はイマイチ好きになれなかったんだよな〜
アニメ、動物、風景とかは絵心があればなんとかなるけど
人物画は似てるかどうかがハッキリ解ってしまう、しかし清水さんは違ったね!
写真かと思ったよ!
しかもただ似ているのではなく、女性らしい優しいタッチとか色使いなんかがモロ好み
「絶対バニングに乗っている間に清水さんにブラシを入れてもらいたい!」って思ったもんです
クルマのいじり方も金の使い方も全然解らないし、ブラシなんて夢のまた夢、そんな時でした
その後も夢は持ち続け97年に初めて依頼する際、当時勤めていたショップに電話しました
依頼をした電話の最後に「清水さんですよね?」って聞いたら「そうですよ」ですって
俺は自分で「スゲー!」って思ったよ、電話番号は調べたけど名前までは調べてなかったからな
覚えていたんだね、自分でもビックリ!
だって本当に好きで雑誌に広告や記事が載ると読み込んだもんな
その当時の話しをすると「よく覚えてますね〜」とビックリされる程のマニア振りを発揮です

まーちゃんとか、その他アイドルやタレントの皆さんは「憧れ」ってゆうよりは「恋愛対象」じゃないですか
いくら歌から好きになったとはいえ、その後本人に注目し女性として見るけど
清水さんは本当に「憧れ」ですね、「いつか仕事をしてもらいたい」そんな思いでイッパイでした
その思いは今でも強く、電話もそうだし直接逢って話しとかすると緊張しますよ、舞い上がっちゃいます(笑)
もちろん女性としてもとても魅力的な方ですよ
カスタムガレージ ノリタカさんには作品の依頼が多く来ますが、俺は他の誰よりも清水さんの作品が好きなのです!
この思いは誰にも負けないよ!そして負けたくないね!
どうしても仕事を依頼すると1つでも清水さんの作品を多く所有したくなるので、アレもコレもと注文が多くなってしまいます
とにかく清水さんは凄いんです!

NO PROBLEM
今日は納車だよって日にもまたトラブル
新幹線に乗るのに山手線で品川駅に向っていたら京浜東北線で人身事故がありストップ
無事品川駅を出発し、もう大丈夫だろうと思ったら途中で大雨の為、三島でしばしストップ
新大阪にやっと到着したら環状線が大雨でダイヤが乱れる始末
俺って素晴らしいなっ!

まっ、納車になったから問題無しです。
時間が掛かったのも今となっては良い思い出だな(笑)

コレは飽くまでも完成までの歴史であって、これから長い年月を掛けて新たな歴史を作っていきます
その時、新しくページを設けるとしたらタイトルはやはり「君といたmemory」かな

2004年7月吉日



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